蟹の出汁で蟹を炊く。釜屋の蟹の炊き方
蟹の出汁で蟹を炊く。釜屋の蟹の炊き方
釜屋は、蟹を白湯で茹でるのではなく、蟹の出汁で炊いています。そうすることで、出汁を殻の外に逃がさず、蟹のうまみがぎっしり詰まった一匹ができあがります。これは釜屋のカネリョウ商店が60年の歴史の中でつくり上げてきた独自の技術です。
一般にボイルの蟹は「茹で蟹」と呼ばれることが多いですが、釜屋では蟹を「炊く」ことにこだわります。
漁港で買い付けた蟹を一匹一匹の身入りや大きさ、その日の気温によって塩加減や茹で時間を変えながら丁寧に炊く。言葉にするとシンプルですが、おいしく炊きあげるには、経験に裏打ちされた技が必要です。
ズワイガニは硬い甲羅におおわれており、100度の熱湯の中に入れても芯まで火が通るのに5~6分ほどかかります。火を通しすぎると味が飛んで身が硬くなるので、絶妙な茹でかげんになるよう茹で時間を調整。硬い殻とやわらかい身でできている蟹は、ちょうどお米を炊くような塩梅で、蟹全体にじっくりと火を通していきます。
蟹は生き物です。漁場によって、季節によって、大きさや身入り、脂の乗り方が違います。釜屋のカネリヨウ商店では蟹一匹一匹を見極めて炊くことで、蟹本来の自然で繊細な味わいや風味を最大限に引き出しています。
赤坂の老舗料亭も認めた技術
カネリョウ商店は80年前、現社長の祖父母の代に城崎温泉の旅館への行商から始まりました。まだ石炭の火で蟹を湯がいていた時代です。当時城崎の料理人は、非常に厳しく、蟹の炊き加減を厳しく追及されたと聞いています。先代のころになると、香住にかにの業者が50件ほどに増え、価格競争に。カネリョウ商店は城崎温泉からの撤退と、県外への進出を決めました。
そんな中、京都の卸業者を通じて赤坂の料亭に松葉蟹を卸す機会がありました。茹で蟹で1.2キロ以上、少しでも身入りが悪い蟹はダメ、買い手の料亭の方からは、売値はいくらでもいいから最高級のものがほしいという条件。カネリョウ商店では輪をかけて厳選を重ねた蟹を、丁寧に炊いて出荷していました。
京都の卸業者からは、「この時代に『黒変』を出す業者がいるのか」とカネリョウ商店の蟹へのこだわりを評価いただいていました。
蟹は茹で時間が短いと、「黒変」と言って時間がたつにつれて身が黒くなってしまいます。一方で茹ですぎると味が抜けてしまうので、ぎりぎりの火加減が必要です。黒変がでるかどうかは、炊いた直後にはわかりません。ちょうどよい炊き加減を目指すと、どうしても一定の割合で売り物にならない「黒変」が出てしまいます。
黒変を出すとロスが出るリスクがあるので、最適な茹で時間より長めに茹でる業者が多いのが実情です。卸業者の言葉は、松葉蟹に関わっている人にしかわからない最上級の誉め言葉でした。
そのころからお付き合いのあるホテルや料亭には、今でもカネリョウ商店の蟹を扱っていただいています。
ちょうどその時期と前後して、先代から現社長に代替わり。最高の茹で加減を実現する伝統の技術に新しいアレンジを加え、「蟹の出汁で炊く」方法を確立していきました。蟹の炊き具合は、炊いている途中では確認できません。売り物にならない蟹を使って、何度も何度も繰り返しながら最も蟹のうまみを引き出し、閉じ込められる塩加減や火加減をつかんでいきました。
先代から受け継いだ伝統と、さらに美味しい炊き方を追求する試行錯誤が、今の「蟹の出汁で炊いた蟹」に繋がっています。
釜屋の蟹の炊き方
漁港で松葉蟹、紅ズワイガニの競りが始まるのが朝6時半。漁港近くの自社の加工場で蟹の選別やさばく作業をして、遅くても10時には蟹を炊き始めます。
釜は丸くて小型の釜を使います。一般的な大きな四角い釜と比べて蟹が入る量は少ないですが、丸い形によって対流が起こりやすく釜内の温度が均一になり炊きむらがでません。火で加熱するのではなく、高温の蒸気をパイプを使って釜に送り込みます。直火で沸騰させると湯気が出て出汁が濃くなってしまいますが、蒸気で加熱すると水の蒸発を防ぐことができ、常に一番いい出汁の状態で蟹を炊くことができます。
「姿(すがた)」と呼ばれる一匹まるまる炊く蟹は、大きさや身入りごとに揃えて炊いていきます。湯がく時間は通常10分前後、大きい蟹だと30分以上かかることもあります。水揚げの多い日は、朝から夕方5時ごろまで釜の前に立っています。高温の釜の前で立ちっぱなしでの作業。紅ズワイガニ漁解禁直後の9月や漁期の終わりの5月の暑い時期は、熱中症になるほどの熱さになります。
手間はかかるのですが、小さな丸い釜を使い、蟹の大きさや実入りに合わせて一匹一匹にあわせてきめ細やかに炊き加減を変えるのが、蟹の美味しさを最大限引き出したいカネリョウ商店のこだわりです。
カネリョウ商店は60年以上蟹に携わってきました。松葉蟹や紅ズワイガニは年々漁獲量が減ってきている、限られた資源。お客様にとっても、蟹を食べる機会は特別な時間です。釜屋のカネリョウ商店は、蟹を一番美味しい状態で食卓に届けられるよう、これからも探求を続けていきます。